長野県市長会イメージ 長野県市長会 Association of mayor of Nagano Prefecture
長野県市長会について  概要・組織についてご紹介します 活動状況について  会議の経過・要望活動などをお知らせします 各市のご紹介  県内19市の情報をご紹介します 会員情報  会員様向けの情報です
トップ >> 各市のご紹介 >> 千曲市
千曲市市章 千曲市 住所 〒387-8511 長野県千曲市大字杭瀬下84番地
TEL 026-273-1111(代表)
FAX 026-273-1004(代表)
URL http://www.city.chikuma.nagano.jp/
ゆたかな自然と社会が調和する、心豊かな、活力のある環境文化都市
 有史以来、大河千曲川のほとりで豊かさを享受しながら暮らしを紡ぎ、21世紀にいたる今日の繁栄を築いてきました。2003年9月、産声をあげた千曲市は、さらなる豊かさと生きる喜びを実感できるまちを創造するため、先人から受け継いだ歴史や文化、自然を大切にしながら、「共生」「交流」「協働」をキーワードに一歩ずつ未来に前進していきます。  市民とともに「安心して暮らせるまちづくり」を  太古から変わらず悠久のときを刻み、ゆったりと流れる母なる大河「千曲川」を挟み東西に広がる千曲市は、平成15年9月1日、更埴市・戸倉町・上山田町の1市2町が合併し、平成の大合併では県内で始めて誕生した都市です。
 今まで、地方自治体は時代の変化に応じて、効率的な行政を進めるための手法をいろいろと考え、対応してきましたが、国と地方のあり方として地方分権を進めることし、地方自治体も自己決定、自己責任を求められる大きな変革期を迎えることになりました。
 また同時に、かつて経験したことのない人口減少時代を迎え、少子化・高齢化が進む今日では、情報技術の革新やそれに伴う産業構造のグローバル化、地球規模での環境問題の深刻化など、時代の変容に的確に対応しながら、これからの都市間競争の時代を生き抜く都市の「活力」「創造力」を育てていくことが不可欠となっております。
 このような背景を踏まえて、子供たちや若者が将来に自信と希望を持ち次代の担い手としてたくましく成長し、だれもが安心して、こころ豊かに暮らせる地域社会を育てていくことを大きな目標に掲げ、「総合計画」や各種の個別計画の策定を進めています。
 これから、市民の皆様とともに「ふるさと千曲市」の未来を共有し、それぞれの役割を担いながら多彩な知恵と力を結集し自主的で自立的なまちづくりを進め、「市民が安心して暮らせるまちづくり」を実現していきます。
千曲市空撮
市の花:あんず
市の木:あんずの木
市の花:セツブンソウ
市の花:あんず 市の木:あんずの木 市の花:セツブンソウ

(理由)

○あんずの里として全国的にも知名度が高い。
○宇和島藩主伊達宗利候の息女豊姫が松代藩主真田幸道侯に輿入れする際に
持参したと伝えられるように、歴史的にもゆかりがある。
○あんずの花が地域一帯に賑やかに美しく咲くところは他にはない。
○信州の山里の風景を強くイメージさせる。
○美しさに誘われ写生に訪れる人も多い。
○実もシロップ漬け、ジャム、ワインなどに加工され、市の特産物となっている。

(理由)
○環境省の準絶滅危惧種に指定されているが、市民に公開し保護活動のモデルとなっている。
○千曲市の天然記念物に指定されている。
○戸倉地区、倉科地区に全国的にもめずらしい群生地がある。
○早春の頃に咲く小さな白い花は、暖かな春の到来を告げるかのようで、可憐でイメージがよい。
○近年、地域でも保護に努めており、市民の関心も 高まりつつある。
見所など 祭り 文化財 特産品 温泉 伝説・言い伝え
見所など 文化人 名水 キャラクター ポスター
 
祭り
「あんず祭り」
「あんず祭り」
 四月、信濃路に春の訪れをつげるあんずの花。
 うららかな春の陽につつまれ、淡いピンクに染まる山里。
 ここは杏花ロマンがはじまる ・・・・・・・・ 日本一のあんずの里
 あんずの咲く4月初旬から、あんずの里(森・倉科地区)一帯で開かれる。
 写真コンテストのほか、ライトアップなども開催される。
「日本一のあんずの里であんず狩り」
「日本一のあんずの里であんず狩り」
 一面に咲き誇ったあんずの花に続いて、6月下旬からはオレンジ色に熟した実がなり、甘ずっぱい香りの下で「あんず狩り」が楽しめます。
「雨宮の御神事」 祭りと文化財・伝統芸能
「雨宮の御神事」 祭りと文化財・伝統芸能
 3年ごとに4月29日に行われる、国の重要無形民俗文化財指定の祭り。
 五穀豊穣を祈り、4人の獅子が橋から逆さづりされ獅子頭を振り回す橋がかりが所見。

「戸倉上山田温泉夏祭り」

 

「戸倉上山田温泉夏祭り」

「戸倉上山田温泉夏祭り」
 いなせな芸妓みこし、木遣り、勇獅子などが町を練り歩いて競演する。
  祭りの最後には冠着太鼓が華を添える大煙火大会が開催される。
「森将軍塚古墳」 祭と文化財
「森将軍塚古墳」
 4世紀頃、この地を治めた初代シナノノクニノ大王の墓。古墳は全長約100mで日本最大級の竪穴式石室を持つ、当時の姿に復原され、今再びその偉容をみることができます。この場所で古代に想いを馳せるイベントを開催。
▲ページのトップヘ
文化財
「大頭祭」 文化財・伝統芸能
「姨捨」
 「姨捨」は、古く平安時代から和歌に登場する月の名所です。斜面に造られた二千枚余りの小さな棚田は、わが国で初めて名勝に文化財指定を受け、今も月影を映し、また黄金色の稲穂が文化的景観を作り出しています。
「大頭祭」 文化財・伝統芸能
「大頭祭」
 毎年、武水別神社では12月10日から14日までの5日間にわたって行われる豊作を祝う収穫祭。選ばれた5人の頭人が新米で餅をつき日を変えて神前に供える。
国の選択無形民俗文化財に指定されている。
▲ページのトップヘ
特産品
伝統の粉文化!地粉「ユメセイキ」で「信州の夢」うどん
 小麦の新品種「ユメセイキ」は、「なめらか」で「粘り」と「こし」がある非常に食感に優れたうどんになります。
 「ユメセイキ」を用い、千曲市周辺で製造されたものに規格を設け、「信州の夢」うどんと認証しています。
「バリエーションの豊富なトルコギキョウ」
「バリエーションの豊富なトルコギキョウ」
 トルコギキョウの魅力は何と言っても豊富な花色と、八重咲きやフリンジ咲きなど
 バリエーション豊かなこと。6月中旬から10月下旬まで出荷されています。
▲ページのトップヘ
温泉
「戸倉上山田温泉」
「戸倉上山田温泉」
 千曲川のほとり、県下屈指のいで湯の里「戸倉上山田温泉」
 古くから多くの人々に愛される当温泉は、豊富な湯量と効能が自慢。
 また、温泉はもちろんバラエティー豊かで安心してご利用いただける、飲食店や芸妓さんの確かな芸で、皆様のお越しをお待ちしております。
【戸倉上山田温泉の泉質・効能】
 戸倉上山田温泉のいで湯にはさまざまな薬効があり、また女性の美肌をつくることでも知られています。それぞれの旅館の内湯ほか6ヶ所の外湯もあり、温泉気分を十分にお楽しみいただけます。
 泉質 単純硫黄泉・単純硫化水素泉・無色透明
 泉温 25~60度
 効能 神経痛・リウマチ・肩こり・腰痛・脚気・痛風・皮膚病(にき    び、湿疹、しもやけ)・外傷・火傷・慢性気管支炎・気管支喘    息・不妊症・貧血・痔・高血圧・中風・糖尿病などによく効き    ます。
▲ページのトップヘ
伝説・言い伝え
「小石の湯(恋しの湯)伝説」
「小石の湯(恋しの湯)伝説」
 【小石(恋し)の湯伝説】
 昔、千曲川のほとりにお政という可愛く賢い娘がおりました。ある夏のこと、娘は往来で腹痛に苦しんでいる若者を見つけ、心をこめ看病したお陰で若者は元気を取り戻しました。その若者は米吉といい、たちまちお政に心を奪われてしまいました。実はお政も同じ気持ちでした。
 やがてお政に縁談がもちあがり、孝行娘のお政は米吉のことを胸に秘めたまま同意したのですが、何と縁談の相手は米吉だったのです。二人に異存のあるはずがありません。
------------------------------
 結婚を間近に控えた米吉は所用で江戸に出掛けましたが、予定を過ぎても戻ってきません。心配したお政は近在の霊験あらたかな十一面観音様に願をかけ日参しました。
 ある日、お政の夢に一人の老人が現れました、老人は米吉の無事を告げ、「そちは[信濃なる千曲の川のさざれ石も]という歌を知っておるかな。」と尋ねました。お政は「はい、存じております。万葉集の東歌[(後歌)君し踏みてば玉と拾はむ]と教わりました。」と答えました。老人はほほ笑んで「この歌のように米吉の踏んだ千曲の川石、それも角のとれた赤い小石を百個拾い上げるなら米吉は帰ってこよう。」と言って去りました。
 観音様のお告げと、お政はそれから毎日河原に出て角のとれた赤い小石を探しました。九十九個になりましたが、最後の一個がなかなか見つかりません。身体をこごらせながらある朝も出かけますと、一つの人影が右手で河原を指差します。そしてそこからは湯気がたちのぼり温かい湯が流れ出しているではありませんか。その湯で手足をあたためつつ探すうちに図らずもお政は百個目の小石を見つけたのでした。
------------------------------
 夢のお告げのごとくその日のうちに米吉は江戸から戻りました。以来、このいで湯は「小石(恋し)の湯」と呼ばれました。
(NO IMAGE)
笄(こうがい)の渡しと女涙坂(おなみざか)伝説」
笄(こうがい)の渡しと女涙坂(おなみざか)伝説」
 持ち前の武力で武田晴信(後の信玄)を2度までも撃退し、数多くの重臣を討ち取った村上義清でしたが、武田方の真田幸隆や山本勘助達の調略により配下の武将達が次々と寝返り、戦わずして葛尾城を棄てることになりました。
 時に天文22年(1553年)4月、もはや葛尾城だけでは支えきれずと悟った村上義清は、越後の長尾景虎(後の上杉謙信)を頼って密かに落ちのびることを決意しました。しかし奥方とはいえ、周りを敵に囲まれた状況では連れて行くわけにもいけません。
 仕方なく奥方は千曲川を挟んで対岸にある東国寺に逃げ込み、仏門に帰依して俗世との関わりを断ち、武田方に捕らわれることから逃れようと決めました。
 早速葛尾城から下り、千曲川の渡し場まで来ましたが、船頭達は敗軍の将の奥方を逃がす手伝いをすると、後に咎められることになってしまうことを心配して、誰も舟に乗せようとしません。そればかりか、捉えて武田方に渡そうとする不穏な空気が流れていました。
 仕方なく奥方は言いました。「今は敗者なれど、昨日まではこの地を治めた者の奥方として、皆には恩愛の心を持って接してきたつもりです。それなのにこの有様とは、かくもこの世は儚いものか。」
 すると一人の船頭が進み出て言いました。「私は特に村上様のご厚誼を受けた者として、奥方様の状況を見て見ぬふりをするわけにはいきません。後に罪に問われようとも、私が渡して差し上げます。」
 こうして奥方は千曲川を渡りましたが、対岸に着く寸前に船頭に向かって言いました。「このご恩は決して忘れないでしょう。いつの日か夫義清がこの地を奪還した時は、相応の褒美を差し上げましょう。その約束の印としてこれを渡しましょう。」そして奥方は付けていた髪飾り(笄)を渡しました。
 対岸に渡った奥方は、早速東国寺目指して道を急ぎましたが、城主の脱出を知った武田方は、早くも追っ手を差し向けました。奥方はこれを知って急ぎましたが、女性の足ではそれほど速くはありません。
 東国寺まであとわずかの坂のところまで来て、奥方は振り返りました。追っ手はすぐ近くまで来ていて、今にも追いつかれそうです。ふと逃げてきた葛尾城の方へ目線を向けると、城にはもう武田方の旗が翻っています。
 これを見た奥方は、「戦国の世の習いとはいえ、余りにも無情なるはこの浮世。世を捨てるのと、世を去るのに、どれほどの違いがあるものか。」と、涙を流しながら言いました。この後奥方は、無事東国寺に逃げおおせたとも、追っ手に討たれたともいわれていますが、真相ははっきりしておりません。
 このとき奥方が渡った千曲川の渡し場は、後に「笄の渡し」と呼ばれ、涙を流した坂は「女涙坂」と呼ばれるようになりました。そしてそれにまつわる奥方の悲話は、戦国時代に生きた女性達の悲しみを後世に伝える伝説として、今も語り継がれています。
▲ページのトップヘ
文化人

「近藤日出造」


「近藤日出造」

「近藤日出造」
 政治漫画の第一人者
 政治家や著名人を題材に時代を斬る鋭い感性が見る人を魅力する。  千曲市ふる里漫画館
▲ページのトップヘ
名水
(NO IMAGE)
「名水」
「名水」
・ 桜清水(八幡)
 名所「姨捨」の山中にある。明治天皇に献上したことがあり、「天下第一泉」と書かれた石碑がある。
・ 郡頭無 こおりかしらなし(八幡)
 名所「姨捨」の山中にあり、市営水道の水源。
・ 縄文の名水(倉科)
・ こわ清水(羽尾)
・ 柏清水 かしわしみず(戸倉)
▲ページのトップヘ
キャラクター

「あんずっこ」

 

あんずっこ

 

あんずっこ

「あんずっこ」
 指定はしていませんが、「あんずっこ」があります。
 商標登録済

観光ロゴマーク

「観光ロゴマーク」
 

1.デザイン画について

○名月に浮かぶ芭蕉一行(芭蕉を中心として弟子の越人(えつじん・左) お付の権七(ごんしち・右) を配置) を表すことで、名月の里千曲市を旅する人々を表現しています。

○背景の月は、中秋の名月のころ、千曲市に浮かぶ名月を表しています。

○月の淡い黄色と芭蕉一行の優しい色合いによって、故郷の優しい情景たる千曲市を表現しています。

 

2.キャッチフレーズについて

    「芭蕉も恋する月の都」

 千曲市は、芭蕉も恋をしたほど美しい自然が残され、また名月が生える里です。

○恋とは、人のみではなく、森羅万象を愛でることに使われ、芭蕉の母を愛しく思う気持にも通じています。

○月の都とは、名月の里千曲市を指しています。

▲ページのトップヘ
ポスター